Kazyの日常日記

2021-11-29 : Feel infinity

 深夜の1時。部屋の隅っこがギリギリ見える照明を焚いて、自分のことについて考える時間。

 私はその時間のことを”無限を感じることのできる時間”というふうに思っている。

 考えが無数に生まれてくる。

 赤ワインを片手に、その香りを楽しみながら、自分のことについて考えるのはいささか22歳がすることじゃない。でも、それでもいい。無限を感じているから。

 無限を感じたからどうなんだと。だからなんなんだ。そういうことを多分みんなが思っている。

 無限を感じることはいかに難しいかを知っているのかというふうに問いたい。

 メンタルが弱っていても、いくら死ぬほどお酒を飲んでも、彼女や彼氏に振られた夜でも、言うなれば何をしてもその”無限”に立ち向かうことをしなければ前に進めない。

 前に進むことを必要としなければその”無限”は感じることを必要としない。でも、そんな人はメンタルが弱るとか彼氏や彼女に振られるとかしたことがない人だと思う。

 したことがあるから、経験があるから、その”無限”というものを感じやすくなっていくだけなのだ。


 無限を感じることは全く悪くないし、なんなら前に前にと進むためにはそうしないといけないと割り切った時、初めてその”無限を感じることのできる時間”というのが愛おしく感じてくる。

 そのレベルに達すると、”無限”を感じる必要性があるとかそういうことを言う人たちに、興味を示さなくなる、ある意味それは、興味ない人に冷たくなるというのも等しい。

 前に進むためには、それ相応の犠牲・リスクを払う必要性がある。

 そんなことを百も承知で、考えの上の考えに辿り着けるように、この夜1時”無限を感じることのできる時間”というのを大切にしていきたい。

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